Superb Garbages 2

千野純一(chinorin)のはてなダイアリーの続きです。

抵抗にかかる負担の感覚

・こういうごく普通の回路があるとしよう。電源は10V、R1はごく普通の抵抗器。

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・この抵抗器には負担がかかる。電気系界隈ではあまり使わない「負担」という言葉をあえて選んだのだが、この負担というのはどれくらいのものなのだろうか。抵抗値を変えることで、この負担はどのように変化するだろうか。

・抵抗は電気の流れを阻む役割をする素子だ。感覚としては、電気を阻む量が多ければ多いほど大きな負担がかかるに違いない⋯⋯と思ってしまうのだがどうだろう。

・抵抗にかかる負担は電力損失:単位はW(ワット)で示され、抵抗器のスペックのひとつ定格電力の数値を上回ると破損する可能性がある。具体的には本当に煙を出して燃える。この間AC100Vに直接330Ωかなんかの1/4W抵抗を繋いだら燃えたので間違いない。

・一般的な抵抗器の定格電力は、例えば安価なカーボン抵抗(だいたい茶色い)なら1/6Wくらい、一番よく見かける金属皮膜抵抗(だいたい青い)なら1/4から少し大きめのものだと1/2Wとか1Wとか3Wとかがある。
(この前貼った写真をもう一度貼っておく。上が1/4W抵抗、下が3W抵抗、右のは英BBCマイコンmicro:bit」)。
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・他にも、とにかく不燃性能全振りのセメント抵抗(5~10Wくらい)、放熱性能全振りのメタルクラッド抵抗(25~100Wくらい)、さらに耐熱性を究極的に高めたホーロー抵抗(50~600Wくらい)など、色々な材質で作られた抵抗が存在する。600Wのホーロー抵抗は0.1Ωのが1万円とか普通にするし、コレクションするのは大変だろうなあ。いるのかな、抵抗コレクター。

・話を戻して、抵抗にかかる負担を計算してみよう。ワットつまり電力は電圧と電流の積だ。ここに100Ω、10kΩ、1MΩの抵抗を、実際は用意していないが用意したことにして、冒頭に示した回路に代入したと考えて実験もせず理論値だけを算出する。

・まず電流値。オームの法則により「電圧(V)÷抵抗(Ω)=電流(A)」なので、100Ωだと0.1A(=100mA)、10kΩだと0.0001A(=100μA)、1MΩだと0.000001A(=1μA)。

・これに抵抗にかかる電圧10Vをかければ電力損失の値となる。つまり、100Ωだと1W、10kΩだと0.001W、1MΩだと0.00001Wという結果となった。ちなみにここで損失したエネルギーのほとんどは熱に変換される。抵抗器に負担をかけすぎると燃えるというのはこれが原因だ。

・計算の結果何がわかったかというと、発火装置を作るには10Vの電源に100Ωの1/4W抵抗を1つだけ繋ぐ 冒頭赤字で示した感覚とは逆に、抵抗の値が小さい(電気を阻む量が小さい)ほど負担が大きく、抵抗の値が大きい(電気を阻む量が大きい)ほど負担が小さいということだ。

・では、抵抗値を無限に小さくしていったらどうだろう。この抵抗器にかかる負担は無限に大きくなっていくのだろうか。

・結論から言うとそうはならない。実はそもそも電気が通る経路、導線などの至るところに極めて小さな抵抗が無限と言っていいほどの数だけ存在しており、それらは無限個の抵抗として振る舞う。それらにかかる電圧は無限小に分圧されほぼゼロと言える値となるので、発生する電力損失も[ほぼゼロの電圧×電流=ほぼゼロ]となり、大きな負担はかからない。抵抗器の抵抗値を下げていくと、値が導線と変わらないくらいのオーダーになったあたりから負担量は落ちていくことになるだろう。

・しかしこれは、単に「その抵抗器が主な負担を引き受ける役割のものではなくなった」というだけで、負担そのものが消えてなくなるわけではない。負担は誰かが引き受けなければならないので、そこが大きな問題になってくる。

・なお、この「回路上唯一あった抵抗を限りなく小さくする」ことというのは「電源とGNDを直結」と等しい行為で、それをすることが何故ヤバいかというのもこれを考えることによって理解することができそうだ。

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「電源とGND直結回路」と「0Ωの抵抗だけがある回路」は等価

・というわけで以後、「抵抗器の抵抗値を無限に小さくした回路」と等価であるところの「電源とGND直結回路」を考えることにする。ちなみに今回考えることを踏まえるとこの2つの回路にはかなりの違いがあることがわかるが、それについては宿題としよう。

・「電源とGND直結回路」において、電源とGND以外に存在するのは導線だけだ。例えば断面積が1mm2で長さ10cmの銅線がおよそ0.002Ωとのことなので、ちょっと短いけどこれで短絡していることにする。

・しかし実際に回路上に存在する抵抗成分はそれだけではない。考慮しなければいけないのは接触抵抗と呼ばれるもので、導体と導体の接触面に発生する抵抗だ。だいたい0.5Ωとかそれくらいのオーダーらしい。充分小さいため普段は計算上無視するものなのだが、今考えている回路においてはこれが一番大きな抵抗なので[電源の+極と銅線の接触抵抗]と[電源の-極と銅線の接触抵抗]をそれぞれ0.5Ωとし、銅線部分も含めてちゃんと計算してみよう。

・まず回路全体の電流は ⋯  \displaystyle \frac{10}{0.5+0.5+0.002} \fallingdotseq 9.98(A)

・0.002Ωの銅線にかかる電圧は ⋯  \displaystyle 10 \times \frac{0.002}{0.5+0.5+0.002} \fallingdotseq 0.02(V)

・うわー、なるほど。この残りの電圧を2分割するわけだから細かい計算しなくてもわかるけど一応、
接触抵抗にかかる電圧はそれぞれ ⋯  \displaystyle 10 \times \frac{0.5}{0.5+0.5+0.002} \fallingdotseq 4.99(V)

接触抵抗で発生する電力損失はそれぞれ ⋯  \displaystyle 4.99 \times 9.98 \fallingdotseq 49.8(W)

・はい、1/4抵抗なら一瞬で蒸発するんじゃないかという数値がでてしまった。接触面で発生した熱は(熱伝導によって)間違いなく電源にダメージを与えることだろう。


・考え方としては、とりあえず(1)桁違いに大きな抵抗があるとそこだけに大きな負担がかかるのは確かなんだけど、そもそも(2)回路全体の抵抗値が大きければ電流が大きくならないので全体の負担が小さくなるということでいいと思う。

・最初の計算では「抵抗値の小さい抵抗器は負担が大きい」という現象が起こっていたが、その原因は「その抵抗の抵抗値が小さいこと」ではなく、回路全体の抵抗値が小さく、かつ回路内にある抵抗成分のうち、その抵抗の値だけが桁違いに大きいことだ。

・結局、どちらの方が負担が大きいのかというのは「回路全体の構造による」としか言えないのかもしれないが、実務においては一般的に「抵抗値の小さい抵抗器は危険」という感覚を持っておくべきなのではないかと思われる。

・セメント抵抗とかの大電力抵抗が0.1Ωとかから始まって、どんなに大きくても100Ωくらいのものしか売ってないというのはこれが理由だろう。抵抗値が大きいと電力損失は結局少なく済んでしまうので、定格電力の大きな抵抗器をわざわざ使う必要がないのだ。

・以上、とても直感に反する現象だと思ってしまうのだが、それはおそらく電場における電圧と電流の役割とか、電圧と電流の関係(=オームの法則)なんかを正しく理解していないということでもあるだろう。